大阪高等裁判所 昭和46年(う)999号 判決 1971年11月29日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪簡易裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人安若俊二作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一、理由そごないしは理由不備の主張について。
所論は、要するに、本件につき判決書が存在せず、したがって原判決の当否を判断することができないから、結局、原判決には理由そごないしは理由不備の違法あるに帰し、原判決は当然破棄を免れない、というのである。
よって所論にかんがみ、考察するに、記録によれば、本件は原審において単独制裁判所によって審理されたものであるところ、原審裁判官塩田宇三郎は、本件につき、昭和四六年六月二九日の第八回公判において結審し、同年七月一五日被告人に対し判決を宣告し、右判決(原判決)に対し、原審弁護人安若俊二から即日控訴を申立てたこと、ところが、右判決については、裁判をした右原審裁判官の署名押印のある判決書がなく、単に、右判決宣告期日の公判調書の次に、裁判官の署名押印は欠くがその他の点では判決書の形式的要件を具備し、かつその表題部の右横に、立会書記官が「昭和四六年七月一五日宣告」と付記し、その署名押印のある、タイプライターで印刷された判決と題する文書(なお、この文書には「裁判官死亡のため署名押印することができない」旨記載した符箋が貼付されている)ならびに右裁判官の作成にかかる判決書の草稿と思われる判決と題する書面との二つの文書が編綴されているにすぎないことが認められる。右の事実に徴すると、右原審裁判官は、本件判決宣告期日には判決書の草稿によって判決を宣告し、該草稿に基づいて判決書をタイプライターで印刷させたが、その印刷が完成しないうちに死亡し、そのため判決書に署名押印することができなかったものと認められるのである。
思うに、判決の宣告は判決書の完成をまたないでその草稿によってもこれをなしうるものではあるが、判決をした場合において、調書判決書をもって判決書に代えることができる場合(刑事訴訟規則二一九条)の外は、判決をした裁判官が判決書を作成しなければならないのであり(同規則五三条、五四条)、そして判決書は、判決をした裁判官がそれに署名押印することによって、はじめて裁判官の作成した判決書といえるのであって(同規則五五条)、たとえ判決をした裁判官が判決書の草稿を作成し、その草稿によって浄書又は印刷された文書ができていたとしても、これをもって裁判官の作成した判決書或はこれに代る効力を有するものとなすことはできないのである。したがって調書判決書をもって判決書に代えることのできる場合に当らない本件においては、原審は法令によって要求されている判決書を作成しなかったものといわなければならない。
ところで論旨は、右の如き判決書の作成がないという瑕疵は、刑事訴訟法三七八条四号の事由に該当するというのであるが、右の瑕疵は、同法三七九条にいうところの訴訟手続上の法令違反と解すべきであって、この意味において論旨は理由がない。
しかしながら、判決をした裁判官が判決書を作成しなかったという違法は、訴訟手続上の法令違反と解すべきことは前示のとおりであるが、右違反は明らかに判決に影響を及ぼすものといわなければならない。
すなわち、控訴審は事後審であって、第一審判決の当否を審判の対象とするものであり、その当否の判断は第一審判決の内容を調査検討してなすべきものであるところ、判決の内容は、その判決をした裁判官が作成した判決書に基づかなければこれを明らかにできないのであり、したがって完成された適法な判決書がない場合は、控訴審としては審判の対象である第一審判決の内容を知ることができず、控訴審における審判を不可能にする結果を来たすこととなるのであるから、このような訴訟手続上の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべく、原判決はこの点において破棄を免れない。
よって、本件その余の控訴趣意に対する判断を省略して、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今中五逸 裁判官 高橋太郎 家村繁治)